社会情勢を鑑みて中止にします。
史上空前の好天に恵まれた2022年春のネパール。
5月10日頃から始まったサミット・ウィンドウは、未だに開きっ放しの状態です。
エベレストでは、例年に比べ未だ入山者が2/3程度だったにも関わらず、ネパール側だけで650人以上が登頂したようです。これは2013年の最高記録667人に迫る人数です。
カンチェンジュンガやマカルーでも多数の登頂者出て、他の山でも順調に登山が行われたようです。
ネパールにおいては、新型コロナウィルスの影響は、ほぼ解消されていると言えるでしょう。
ネパールでは、3月10日付で行動規制などは全廃されています。
入国時は、ワクチンを2回接種証明書又は出発前72時間以内の陰性証明書の提示と、入国登録が義務づけられていますが、空港でのアライバル・ビザは問題無く発給されているようです。
シンガポール航空、マレーシア航空、エミレーツ航空、ネパール航空などの定期便も再開されています。
一方日本では、ネパールに対する感染症危険情報レベル2:「不要不急の渡航はやめてください。」は、継続されているものの、5月20日付の「水際対策強化に係る新たな措置(28)」に基づき、入国制限は6月1日から大幅に緩和されました。
今後、日本を含めた世界中で規制が緩和されると思われます。
まずは、2022年8月30日(火)~10月09日(日)ネパール・カトマンズ発着41日間の日程で、
マナスル登山隊2022 8163mの募集を開始します。
2022年の秋のネパールにつきましては、他の登山隊も計画中です。
ご希望やご要望などなど、気軽にお問合せください。
お問合せ、お申込み、お待ちしております。
世界第8位の高峰マナスル、標高8163m。サンスクリット語で「精霊の山」を意味します。初登頂は、1956年5月9日に今西壽雄・ギャルツェン・ノルブら日本隊によって成されました。1952年の偵察から足掛け5年、4回に渡る大遠征隊を組織した国家的な一大事業でした。世界に14座ある8000m峰の中で唯一日本人によって初登頂された山として、日本人にとって特別な山です。
初登頂以来、国家の威信をかけた大登山隊や、世界の一流登山家だけの領域だった8000m峰の登山に、公募登山隊が組織され始めたのは90年代に入ってからのことです。最初は、技術的な優しさからチベットのチョーオユー(8201m)が選ばれました。当初は、参加者も少なく、登頂率も低く、一般の登山愛好家には厳しいものでしたが、数十年が経ち、近年は装備や酸素器具の性能は年々向上し、長年蓄積されたノウハウを生かした合理的なタクティクスが組めるようになりました。そして、雇われて登山隊をサポートするだけの存在だったシェルパ達が、自覚を持って自国の山をガイドするようになり、公募登山隊は大きく変わりました。マナスルが初登頂されてから60数年、いよいよあなたがマナスルの頂上を目指す番です。
マナスルの東側の山麓の村ダラパニ(1963m)からトレッキングがスタートします。10年程前までは、1週間程度のトレッキングの末にたどり着いたこの村も、今ではカトマンズから7時間程度のドライブで到達できるようになりました。
マナスルの北側のラルキャ・ラ(峠5160m)を超え、西側のサマ村(3800m)へ下り、マナスルを半周する7日間のトレッキングで、4800mのベース・キャンプへ到着します。途中2日間の休養を含む5160mの峠を超えるトレッキング・ルートは、最初の高所順応にちょうど良く、順調にマナスル登山が、スタートできるでしょう。
マナスル氷河のサイド・モレーンの丘の上にベース・キャンプ(4800m)を建設します。少し張り出した丘の上のベース・キャンプは、周囲の山々も見渡すことができ快適です。ベース・キャンプからマナスル氷河を遡り、ナイケ・コルにキャンプ1(5600m)を建設します。キャンプ1の上にはアイスフォール帯が聳えています。雪崩の危険を避けるために、未明にキャンプ1を出発します。アイスフォール帯の傾斜が緩くなったあたりにキャンプ2(6300m)を建設します。
緩やかな斜面を登りマナスルとマナスル北峰(7134m)のコルの下に、キャンプ3(6800m)を建設します。マナスルの肩に設営するキャンプ4(7400m)に向けて、急斜面に張られたフィックス・ロープを辿ります。途中セラック帯の通過や、堅雪や氷が剥き出しのトラバースもあります。
キャンプ4に到着すれば、今まで見えなかったマナスルの本当の頂上が見えます。頂上に向けて広大な斜面を一歩一歩登って行けば、細いナイフリッジの先にマナスル頂上があります。
- 募集要項を請求する
-
coment on Facebook